「PERSONAL WORK」制作レポート【3】印刷立会:色の再現を追求するプロフェッショナルたちとの共同作業

「PERSONAL WORK」制作レポート【3】印刷立会:色の再現を追求するプロフェッショナルたちとの共同作業

制作レポート【2】色校正:感性と技術で、画面の中と紙の上を繋ぐ からの続きです。

前回の色校正の作業が終わったのち、表紙の仕様や加工を確認する表紙校正の作業があった。背表紙には、写真集のタイトルが黒い箔押しで控えめに刻まれている。

写真集のタイトルは「PERSONAL WORK」。保井さんが写真を撮り続けた約12年間の作品が詰まった渾身の1冊。直球の言葉選びが、周囲に惑わされることなく常に真っ直ぐ写真と向き合ってきた彼の姿勢と重なる。

表紙に四角く凹んだ加工が施されているが、こちらには「題箋(だいせん)貼り」という手法を使って、別で印刷した写真が貼り込まれる予定だ。額装した写真のような気品ある雰囲気を全体に纏わせてくれる。

また、マットな質感の紙を選択しているため、これまでに「指紋が付くのが気になる」という指摘が上がっていたのだけれど、解決策として表紙にニス引き加工を施すことになった。紙の種類とカラー、加工の選択で無限の組み合わせを生み出すことができる。印刷は本当に奥深い。

2日間に渡る印刷立会へ

さて、いよいよ印刷の立会へ。印刷の立会は色校正と同じ場所、長野・松本にある藤原印刷の本社工場で2日間に渡って行われた。

「早速、やりますか!」

前回お世話になった藤原印刷のプリンティング・ディレクターの花岡さん、そして機長の内山さんとともに作業を進めていく。

印刷立会で行うこととしては、テスト印刷したものを保井さんが確認・調整し、OKが出たら、本番の印刷へ。次のページの印刷準備に移り、再びテスト印刷、保井さん確認……という作業を全ページ分、12台24面分(複数ページが印刷された用紙を12枚×表裏)繰り返す。

今回、印刷に使用するのはこちらの印刷機。想像の3倍くらい大きかった。部屋がまるまるひとつ印刷機になっているといっても過言ではない規模だ。向かって右側に用紙をセットすると、どんどんと印刷機に吸い込まれていき、K(黒)、C(シアン)、M(マゼンタ)、Y(イエロー)の順番で色を刷り重ねることで色を再現、印刷された用紙が左側に排出されていく仕組みになっている。

印刷にはUVインキという紫外線で硬化する特性を持ったインキを使っており、印刷と同時に紫外線をあてることでインキが瞬時に硬化、インキが乾燥するまでの時間が不要なのだとか。印刷すぐに後工程に移ることができたり、印刷面へのキズがつきにくい、インキによる汚れや裏写りといったトラブルを避けられる、といったメリットがあるそう。

そして、印刷に欠かせない「版」。色校正を経て花岡さんの方でデータの最終補正を施し、刷版した版がこちら。

版は薄く平らなアルミ板で出来ており、インキが付く部分とつかない部分を化学的に作ってある。版を印刷機にセットすると、印刷機の中では版にインキが載せられ、そのインキをブランケットと呼ばれる樹脂やゴム製のローラーに移し、それを印刷用紙に転写する、ということを高速で行う。これがオフセット印刷の仕組みだ。

写真にある版はすでに印刷に使ったものなので、インキが乗った場所に色がついている。黄色、黒、青といった色がついているとおり、版は印刷する1面に対して CMYKそれぞれ1枚ずつ必要。つまり、今回の写真集を1冊刷るのに必要な版の枚数は96枚にもなるそうだ。

絶妙なインキ量調整で写真の奥行き感と立体感が増す

前回行った色校正の作業で「追い込み作業の幅が10あるとすると、製版は3くらい。残りは印刷時にインキの盛り具合で調整する」という話が出ていた通り、最終的な色の調整はテスト印刷と確認を重ねながら、インキの量を微調整していくことで行う。

まずは前回確認した校正刷りと色見本、そして今回データ補正をした上で印刷したテスト刷りを並べて確認する。ここは、花岡さんの腕の見せ所だ。

花岡「先日、色校正の時にお話ししていたように、暗部は落として、ディテールを上げるようにデータで補正しています。あとはグリーンが浮いていた部分かな。」

難易度の高い間違い探しのように、どこをどう変えたのかは素人目には分かりづらいけれど、1枚目のテスト印刷の時点で、写真の立体感がグッと増していた。すごい、データ補正だけで、こんなに変わるものなんだ。

保井「ただ、この写真は、若干全体に明るくなりすぎている印象かな。写真に写る陰鬱さというか、日本独特の湿度みたいなものを大切にしたい。そういった部分が表現できるように調整したいです。」

花岡「では、黒を足すというよりも、ここに関しては、列単位で全色のインキを盛って、プラスを表現しましょう。そうすると、暗部のグレーや黒がより深まると思います。暗部のグラデーションに色が浮いてくるのはよくないので、これをグレートーン〜黒におさえていくことがポイントになると思います。」

印刷機の脇に設けられた大きな画面に表示されているモニターでは現在のインキの流量がリアルタイムに確認できるようになっていて、これを見ながら機長の内山さんがインキ量をコンマ0.5単位で調整していく。

花岡「本来は、及第点を取れた段階からは暗部を追い込まないほうがリスクがないんです。ここでいうリスクとは、先程からお話している、暗部に浮いてくる”色”のこと。ただ、やはり僕らはそこをもう一声追い込みたい。そこで、本当に微妙なラインのインキ量の調整を施すことで、どれだけ色を感じさせないか、ということをやっています。」

保井「おおー、めっちゃ良いですね!」

さらに奥行き感と立体感が増した仕上がりに、その場に居た皆から声が上がる。インキ量の微調整、再テスト印刷、再確認を何度か繰り返し、保井さんがOKサインを書き込んだら、本番印刷に移っていく。

本番印刷中、機長の内山さんは片時も印刷機から目を離さない。定期的に印刷された用紙をサッと1枚抜いて、色にブレがないか確認したり、インクの流量を確認したりと常に動き続けていた。最終的な印刷のクオリティがここで決まるのだから、責任重大である。

確認を進める保井さんの表情や目線も、いつになく真剣だ。

花岡「CMYK各色の最大インキ量が100%なので、合計で400%。これが印刷で最も濃度が高い黒になりますが、逆に少しでもインキを盛ると暗部のディテールが潰れやすくなります。
校正刷りの段階では再暗部のインキ量を340%で製版していましたが、さらに昨日・今日の本刷りのものは370%まで上げています。最暗部の黒を締めるためにやっているのですが、ここまで濃度を上げることは通常の仕事では珍しい。これも今回『OKウルトラアクアサテン』という高級なアート紙を選んでもらえたから、ここまで攻められています。インキを盛っても潰れない。」

昨今、一般的に写真集に使われる上質紙や中質紙であれば、インキ量が増えれば増えるほど安定しなくなってしまうので、ここまでインキ量を上げることは難しいのだそう。これまでたくさんの写真集印刷に関わってきた花岡さんでも、今回のOKウルトラアクアサテンという紙で写真集を作るのは、15年ぶりくらいだったとか。

そして、2日目の夕方。最後の1枚に保井さんのOKサインが刻まれ、全ての印刷立会が完了。

印刷されたものは製本会社へと手渡され、書籍の形へと仕立てられる。

(写真:井上秀兵 保井崇志)
ブログに戻る